アリオ仙台泉がイオンモールに!(その1)
今日の夕方飛び込んできた、驚きのニュース。
良いニュースといって良いのか。。。まさかのイオンモールが泉アリオの土地・建物を取得とは。
このブログにて、これまで何度かとりあげてきた、このアリオ仙台泉と泉中央エリア。
過去記事
- 激変 泉区の商業環境(その2)間もなく閉店アリオ&泉中央の行方 2024.01.20
- 泉中央のアリオ 存続なるか? 2023.04.24
- セルバテラスと泉中央の変化 2017.08.20
- 泉中央にて 2013.09.29
2024年1月末に閉店し、早2年以上も空き店舗状態で置かれていた旧アリオ仙台泉店の建物(写真中央奥)
右側はセルバ、左側はセルバテラス。3施設の中で最も床面積が大きい旧アリオの建物が活用されていない状態は、泉中央のおかれている状況を示しているようで、本当に悲しげな雰囲気を醸し出しています。
隣接して同じ住友商事が所有するセルバ、セルバテラスの専門店が入る商業施設に挟まれながらも、看板が外され寂しげな外観をさらしていました。南北線が延伸開業し泉中央駅開業とほぼ同時にオープンした1992年から30余年。飛ぶ鳥を落とすような勢いだった当初10年間には、駅開業と同時に「イトーヨーカドー仙台泉店」、「駅ビルSwing」、5年後の1997年には「ユアテックスタジアム仙台(当時は仙台スタジアム)」、1999年には「セルバ」がオープンし、仙台都市圏で都心部に次ぐ確固たる拠点として、憧れの街として成長を続けていました。
多くの観客が詰めかけた、2001年のベガルタJ1昇格から2002年のJ1初年度、2003年の降格というこの時期は、泉中央=ベガルタという強い結びつきが生まれ、駅西側の飲み屋街が成長し、特に元気だった時期でした。
泉中央駅が路線バスのハブ機能を果たし、地下鉄に接続する深夜バスがパークタウン、富谷方面、向陽台方面など各方面を結び、泉周辺住民にとっては、仙台都心部より30分以上長く、24時過ぎまで飲めるというメリットを遺憾なく発揮していました。
2000年代後半は仙台市の人口の伸びが鈍化しながらも、富谷市方面のニュータウンへの流れは続いており、泉中央の勢いは続いていました。
しかし、2003年にオープンしたイオンモール富谷、その前の1997年にオープンしたイオン中山SC(当時の中山ジャスコ)、2000年にオープンした利府ジャスコ(現 イオンモール新利府北館)と、イオングループに東西そして北を包囲され、更に2007年にはイオンモール富谷の近隣にイオンタウン泉大沢と、自社競合極まれりという状態で、じりじりとイトーヨーカドーのGMSとしての商圏は削られ続け、震災の前後には閉店が既定路線になりながら、震災後の周辺の人口増により息を吹き返し、まさかのアリオ仙台泉としてリニューアルオープンとなりました。
その際には、同じ建物オーナーである住友商事が運営するセルバと上空通路が整備され、より一体的な商業施設として再生したのは2013年。アリオ1階にはフードコート、上層階にはIYグループのロフトや赤ちゃん本舗、タワーレコードなどの専門店、中層階にはIYグループの特性を生かした西武の小型店など、駅前型のSCとして魅力的な専門店を導入して生まれ変わったものでした。ただし、専門店部分はセルバとも競合し、アリオ末期にはアリオ4階にくまざわ書店、セルバ5階には八文字屋書店が連絡通路の両側で同業でのぶつかり合い。そしてアリオ閉店後に八文字屋はセルバから撤退と、書店が泉中央駅前から消えてしまったように、ちぐはぐな動きも気になっていました。(その前にTSUTAYAも泉中央駅西口から撤退)
そして、泉中央エリアの没落の要因としては、仙台圏の住宅地選択で北部一強状態のアンバランスな状態だったのが、仙台市の南部→東部が魅力的な住宅地として認識されてきたことに尽きます。なので、正常化の過程での一時的な苦しみという面もあるのではと思っています。
1 あすと長町および名取りんくうタウンの整備(2005~2014年)
正直南北線開業後も下町のあか抜けないイメージが抜けなかった長町エリア。97年のザ・モール開業のインパクトが大きいながらも、実際化けたのはJR長町駅付近の高架化とあすと長町の街びらきが行われた2006年頃以降で、長町駅西口とモール周辺に加え、新しい街であるあすと長町の相乗効果で長町のイメージが変わりました。アクセス線開業効果でのJRの本数が1.5倍に大幅増発され、新型車両が導入された時期も重なります。
そして、空港アクセス線の開業およびイオンモール名取(当時のダイヤモンドシティ名取エアリ)オープン、そして2駅にまたがる駅周辺開発の進展で、南部方面に欠けていた商業施設とニュータウンの複合開発が行われ、「家を買うんだったら、青葉区か泉・富谷方面」という空気を変え始めた時期でした。
過去記事
- 拠点開発プロジェクト(長町・仙台空港・仙台港)2005.1.13~20年前に考えていたこととして、南部が発展したことは予想通りですが、泉中央エリアの衰退は予想以上でした。
(一方中華街構想は霧散しましたが、結果的には良かったかと)
大震災により、被災地から沿線への人口流入が起き、空き地が目立っていたあすと長町とりんくうタウンも一気に活用され始め、南部方面が再評価された時期でもありました。
2 地下鉄東西線の開業(2015~2024年)
南北線と一体で運行する地下鉄東西線の開業で、住宅地の選択範囲が仙台市東西(特に卸町・荒井エリア)に広がったことで、平地で駅近、仙台バイパスも東部道路も近いエリアの人気が高まり、若い世代の住宅取得も北方面から続々と荒井方面や八木山方面(そしてあすと長町の高層マンション群、名取方面も)にシフトした時期です。
あと、泉中央にとって大きかったのは、地下鉄東西線開業と同時に実施された深夜バスの廃止による終バスの大幅前倒し。路線によっては地下鉄最終便に接続していた各方面の宮交バスが一気に30分~1時間程度も終バスが早くなり、その後も運転手不足などの理由によりじわじわと前倒しが続きました。
一時期、深夜バス復活の動きがありましたが、コロナでダメージを受け実証実験はうまくいかず、現在は遅い路線でも10時半までには終バスが出てしまい、バス路線沿線の住民はゆっくり飲みに行くことがほぼできなくなりました(タクシー必須)。
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泉中央の復活に向けて
人口流入の鈍化から、高齢化の進展が仙台市内5区の中で泉区が一人負け状態になっているのは事実ですが、それでも泉区や富谷エリア自体の活気が落ちているわけではなく、この20年は、トヨタや東京エレクトロンなどの企業誘致からの従業員の居住増加、震災による沿岸部からの移り住む動きなどプラス要素も大きいところです。ただし、車前提の街づくりとなっていることで、駅周辺以外の郊外部の利便性は高まる一方。バスの利便性の低下、そして駐車場のない泉中央駅エリアに向かう理由が少なくなっていることを感じる次第です。
しかし、現在進んでいる泉区役所再整備、今後予定されているミヤギテレビの新社屋の整備など、泉中央エリアが再び注目される要素はあり、その動きの一環でのイオンモールの投資につながったのでしょうね。
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アリオ閉店後の2年間の膠着状態を動かしてくれたことはよかったと思いますが。ただし、郊外型モールを主軸とするイオンモールは、この泉中央から車で20分圏内に3つのモール(グループ内で加えて2つのモール)を営業していることから、この泉中央の地で力の入れ具合には疑問を感じるところで、今後の動きについては続編に。
続編
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