懐かしの写真 その1(宮城球場)
パソコンを整理していたら、10年前の懐かしい写真が出てきたので。
この光景は一目で分かるでしょうが、旧宮城球場です。確か、新球団が楽天に決まった日の。
この日は、球場で新球団決定のセレモニーをやる予定が、あいにくの大雨で、ネット裏の会議室みたいなところで急きょやることになり、大混乱だった記憶があります。セレモニーの音声を球場内に流すこともせず、詰めかけた大部分の方にとっては、何も見ることができずに、多少の罵声と、大部分の方のため息が飛び交う、楽天野球団の散々な船出でした。
背景にあるJRの(タダ見ができる)社宅と、照明塔の形は変わりませんが、それ以外は痕跡が認められないほど見事に変わっています。
昨日は星野監督の最後の試合を勝利で飾ることができず、日本一の翌年の最下位という何十年ぶりかの不名誉な記録が残ってしまいましたが、この宮城球場を改装したコボスタで2万6千人以上という過去最高の入場者数を記録して、楽天10年目のシーズンは終了しました。
この日から考えると、9年後に日本一になり、10年後にはこんな立派な球場になり、大勢のファンが詰めかけているということは想像したくともできませんでした。
選手名が手書きということで有名だった、この電光(得点部分だけ)掲示板というかスコアボード。改めて見てもすごい代物です。球場自体もものすごかったけど。
なので、現在のスコアボードに変わった時には感動しましたし、さらにライトスタンド側の巨大ビジョンもあるなんて、今は恵まれています。
背もたれ式の個席はバックネット裏のみで、外野は言わずと知れた全面芝生(という名の雑草)。で、中間の内野席はこんな長椅子の席でした。これでもプロ野球開催時には、この番号が指定席の番号になっていたんですねぇ。
当然ドリンクホルダーもないし、荷物を置く場所さえもない。たった10年前にこんな球場でプロ野球を開催していたという事実、さらにこの球場を改修して何とかなると思ってくれた楽天及びライブドアにもビックリです。当然、こんなになるまでボロ球場を放置した当時の知事にも。まぁ中途半端に改修していたら、楽天に思う存分自由に改修してもらうこともできませんでしたので、怪我の功名かもしれませんが。
最後にこのとっておきの写真を。
いまどき、ボロイ公園のトイレにしかないような、壁に〇をあてるような、懐かしい小用トイレ。確か、内野と外野のトイレだったような。このトイレもどうなるかと思ったら、外側は緑色のペンキで塗られただけだったけど、内側は見事にビフォー&アフターされていて感動した覚えもあります。当初は内野Bの後ろと、ライト外野に残っていましたが、度重なる球場改修工事で少なくとも内野のは撤去され、今は新設巨大スタンドが立っています。
10年ってあっという間と思っていたけど、やっぱり長いなぁと実感。
過去記事
宮城球場の行方(H16/11/16)
最近のコメント