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2016年10月 8日 (土)

富谷市誕生!その陰で。。。

10月10日の月曜日、3連休の最終日に、県内で合併によるものを除くと、昭和46年の泉市、多賀城市、岩沼市誕生以来45年ぶりとなる、単独市制での新市となる「富谷市」が誕生します。





人口5万2千人と、町制施行時の5000人から10倍まで増えたのも、仙台市の発展による住宅地の郊外化が要因であり、昭和40年代に鷹乃杜、ひより台、あけの平、小規模ながらも富が丘(泉が丘とセット)、東向陽台(向陽台とセット)などの仙台市隣接の一体開発、さらにバブル時以降は、大規模開発として明石台と新富谷ガーデンシティ及びその西側4号線との間に位置する大清水などのエリアに移行し、現在に至ります。








現在は新富谷ガーデンシティや、明石台2期などが分譲中ですが、おおむね新規開発は落ち着きつつあります。

ただ、震災前は仙台市内の地価の下落もあり、鉄道のない富谷の人口増はそろそろ頭打ちをみせるだろうとの予測に反し、増加が続いた一因としては、セントラル自動車の本社工場移転成功により、従業員の移転住居の需要が一気に生じたこと、また震災による県の沿岸北部(石巻、気仙沼など)からの移転需要をそれなりに引き受けたことが挙げられます。

仙台からみると、不便な土地になりますが、トヨタ関係者はクルマ通勤だし、奥さんの買い物を考えてイオン富谷付近に住居を選べばそれほど問題ない。震災後でも、県北の後背地からすると、富谷は仙台に近くて土地も安いということになるし、クルマ中心の生活を送ってきた方々からすると、鉄道がないことはマイナス要因にならないという特殊要因が積み重なりました。

ひとまず市制施行はおめでたいことです。

市になっての変化

当然町時代に比べてハクがつくということが。住居表示上で”市”となることが、住民にとって最も大きなメリットでしょうね(変更の手続きが面倒というのはあるけど)。

それに、行政としても、企業誘致にあたって、市というのは有形無形の効果があります。

旧セントラルでは、60万都市相模原市から、大衡”村”に移るということで、社員やその家族にとっての衝撃は大きかったようです。仙台に近いということで、何とか大部分の社員が移ってきたそうですが。

行政面では、福祉事務所の設置での権限移譲、消防署の設置、また建て替えが打ち出された大和署の移転先となることを狙っているとか。ただ、大和署は吉岡で良いとは思いますが。大衡村や大郷町もエリアに入っていることからすると、幹線道路が集まっている現在地付近はベストの立地。富谷移転としても、あまりメリットはないような。

明るい未来?




この10年に県内で合併して誕生した新市は、中心市による吸収合併、過疎化が進んでいる自治体同市の連合という形態だったため、合併時がほぼピークで、人口はおおむね減少しています。特に栗原市は最たるものですが、石巻や気仙沼も震災で減少傾向に拍車がかかり、東松島がなんとか石巻からの移転需要で微減状態を保っている位。


そこで、この5万2千人で誕生する富谷市。今日の河北折り込み特集では、2060年まで人口増が続くというおめでたい予測を持っているようですが、それはこれまでの転入が続くことを想定したもので、20~30年後には遅れての高齢化が進行し、大変なことになります。開発余地も限られていること、仙台市への回帰により、6万人に届かず、人口も多くて5万5千人程度で減少に転じることになると予測しています。

それでも、人口減が続く塩竈市並みの規模を持つ自治体とのことで、利府と並び高速道路網の要衝に位置する立地条件は、県内全体をにらむと物流や商業立地としての優位性は持っており、現在高屋敷のコストコがオープンした工業団地に続き、今後新富谷ガーデンシティ2期の工業団地計画もあり、産業面での重要性は増していきそうです。

課題の公共交通は


 現在の町長が当選時に、「仙台市地下鉄のLRTでの延長」という不思議な公約をぶち上げ、現在では、仙台市に冷淡な反応をされたり、導入空間、ルートの難しさ。宮交との調整の難しさで、トーンダウンしている印象です。「泉中央駅までの公共交通アクセス改善」といった現実的な表現になっています。まー、しょうがない。

 それでも現実的なところから始めており、イクスカを使用した高齢者パスの導入、町民バスと宮交バスとの接続、新市役所への宮交バスの乗り入れ(平日1日4往復)を実施するほか、コンサルに委託しての調査研究は続けているようですね。




その富谷市が誕生する10日の翌日、11日に新市誕生記念の宮交バス減便が行われるというのは、何たる皮肉というか。

昨年の12月の東西線開業時に、地下鉄南北線の終電に泉中央駅から接続する最終バスを全て廃止し、24時20分頃発→23時半頃発に繰り上げを行ったのもつかの間、何と、23時台のバスが全廃され、終バスが遅くとも22時58分になってしまいます。




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宮城交通 泉中央発深夜バス廃止の影響(H27/11/21)

Jikoku1







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これは、別に富谷いじめという訳ではなく、泉区内でも泉パークタウン方面、向陽台方面も同様に終バス繰り上げで23時台は全廃なので、宮城交通の事情なのでしょうが、それにしてもこの1年間で立て続けにこのような動きになるのは、住民にとってもショックでしょうね。

この地下鉄終電に接続する深夜バスがあるからこそ、地下鉄沿線に準じたライフスタイルを送れるとのことで、住居を構えた方も多いでしょうから。


宮城交通は、市バスの営業所の受託も進めていたり、震災で不通となっているJR路線の代替バス・気仙沼線BRTの受託、平行して走る高速バスの増便(石巻)、新設(相馬)など、運転手需要が高まっているのに対し、採用や養成が難しいという状況のようです。



それでも、少なくとも代替バスは昨年仙石線がなくなり、高速バス石巻線も減便傾向、今年の12月には常磐線の再開により、代替バスを請け負っていたかはわかりませんが、高速バス相馬線は廃止となるので、多少は運転手のやりくりに余裕が出てくるのではとは思いますが、それを前にした10月にこの終バスの一律繰り上げを行ってきたというのは、よほど余裕がないのか、それとも戦略があるのか。


というのは、あえて23時台以降をすべて廃止したのち、24時ちょうど泉中央発などを深夜バス(運賃倍額)として新設するとか。それも利用状況と運転手の確保次第でしょうが、ここまで計画的?に終バスを繰り上げている理由を勘ぐってしまいました。



個人的には、これまでが通常運賃で24時以降に終バスを設定してきたことが、大盤振る舞い過ぎた(他都市の状況と比較すると)、と思っていましたので、応益負担ということで深夜バス化という落としどころになってほしいです。

23時前に泉中央終バスだと、仙台駅22時37分、勾当台公園22時40分発に乗らないと間に合わない。残業でも、飲みでも、これはちょっとひどい。利府並みの終電の早さになってしまいます。常磐線も復旧して山下までは仙台駅23時半終電になるのに。

ということで、市内に電車バスで通勤通学している新市民にとっては、のっけからショックのスタートでしょうが、もしかしたら新市が、亘理町が岩沼駅からの500円ワンコイン深夜バスを実施しているように、町民バス車両を活用した策があったりして。



せっかくの市制施行に向けた公共交通改善の方向性がなかなかうまくいっていませんが、新市と宮交バスがよく話し合って、役割分担及び落としどころを見つけて、市民の利便性が極端に低下しないよう、調整して欲しいですね。






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コメント

まずは元町民として富谷市誕生おめでとうといったところでしょうか。
それはさておき宮城交通の減便の件ですが今回は泉区/富谷市よりもむしろ太白区の方が惨いわけで…。
実際太白区の方はひより台大橋経由のバスの県庁直通便が仙台駅打ち切りになったり、秋保線の一部が長町打ち切りになったりという始末なわけで…。
まあ長町南に限って言えばかろうじて23時台のバスは残ったようですが。
しかしどうせ打ち切りにするのならば八木山動物公園駅で打ち切ればいいものを…。そうすれば定時性の向上という大義名分が立っただろうに。

> 昭和30年代のあけの平など町中心部からから始まっていた住宅地開発は…

まだ富谷町のままの自治体サイトで「データで見る富谷>建設>大規模住宅団地開発状況」で調べたら、最初の住宅団地は1971年開発開始の東向陽台団地で、鷹乃杜→富谷NT(太子堂)→富ヶ丘までが昭和40年代の開発開始、あけの平は1980年(昭和55年)から開発開始のようです。

地理院地図の航空写真でみても、1980年代以前にあけの平を造成している様子はありませんでした。
(富谷町を写した地理院地図の航空写真では昭和36年~39年撮影が最も古いですが、旧富谷宿の周辺を含め、町内に住宅団地開発がされた様子が見られないし…)

どの書籍に昭和30年代からあけの平が開発されたと書かれていたのでしょう?

市になったことで何かの特徴を打ち出す必要が出てきたような気がします。

富谷市に立地条件が似ている青森県のおいらせ町も人口を増やすようがんばってほしいものです。

>>htsさん

コメントありがとうございます。
富谷方面よりも、南部方面が大変というのはうすうす気づいてましたが、山田や日本平方面は、もうバスを使う気がなくなるレベルの状況に昨年12月になっていましたので、あえて言及してませんでした。4つのルートが全て中途半端に不便という状況で、おっしゃる通り、ひより台大橋ルートは動物公園駅結節に統一した方が、宮交的にも省力化になるし、本数も増やせて利便性も高まるしという方向性に舵を切った方がと思います。

長町南駅23時6分発のは、県庁市役所前始発時刻としては22時台ということでしょうね。

>>Tomさん
あけの平→鷹の杜の間違いです。記憶がうろ覚えでした。修正します。

>>Piichanさん

市としての特徴を打ち出すのは難しいですが、ベッドタウンとロードサイド商業集積地という位置づけから、企業誘致による産業面の集積を図り、仙台への依存度を低め自立都市にという方向性なのかなと。ただのベッドタウンでは遅かれ早かれ限界が見えてきます。

おいらせ町もイオンSCがあり八戸のベッドタウンの位置づけですが、鶴岡市や酒田市の郊外となる三川町も同様、母都市からすると良いとこ取りの存在というのは悩ましいものなので、このような自治体が成長することについては、何とも微妙な気持ちもあります。

修正お疲れ様です。
私はその時代に生きていないので、書籍や自治体のネット情報に依存せざるを得ず、失礼なことを申し上げたかも知れません。
すみませんでした。

富谷は総人口の9割以上が住宅団地の住民という、アイデンティティを持ちづらい自治体のなので、逆に住宅団地の開発年度は重要になるのかも知れません(「古参の新住民」みたいな)。

多賀城も(場合によっては塩竈や利府も)中心駅や中心部がどこなのか分かり辛い都市ですが、富谷はそれ以上。

「仙台のベッドタウン」とか現状の交通とかでバッサリではなく、仙台の付属物ではないちゃんとした歴史を掘り起こして、アイデンティティを充実して欲しいと思います。

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