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2012年6月24日 (日)

鉄道の内陸移設(3)

最後に、常磐線の移設について、忘れないうちに。

宮城県内については、現在は津波被害がなかった亘理以北の運行にとどまり、うち浜吉田―駒ヶ嶺は数年後の開通を見込んで1kmほど山側に移設となり、ルートも決まり用地買収が始まった段階と思われます。

 仙石線も同様ですが、震災当初は最短2年程度での開通との話だったので、自分も将来世代のことを考えると移設に賛成でした。

山元町の特殊性

 特に移設に熱心な山元町は、従来の集落が山側の国道6号沿いにありながら、過去に鉄道を忌み嫌い海側の何もないところに通させたという、どこにでもあるような話があり、そのせいで、全く顔のない、何もない町に。小規模なスーパーとホームセンターが1件ずつある以外は、まともな買い物できる場所が町内に皆無で、相馬や亘理へ依存していました。

 あるのは温暖な気候と、仙台への通勤通学圏であるというメリットを生かし、昭和50~60年代には、仙台通勤者及びリタイヤ組をターゲットとした小規模建売住宅が浜吉田駅、山下駅周辺に結構建てられていましたが、近年の地価下落と都心回帰により、新規に移り住む方々も激減し、通勤者もリタイヤして高齢化が急速に進行し、隣の亘理町と好対照で厳しい行政運営を強いられていました。

 それでも、平成17年には、亘理町との間で進んでいた合併・市政施行の話も、亘理町の当時の町長がほぼ拮抗していた住民アンケートの結果を強引に解釈し、合併をご破算にしました。山元町の高齢化率の高さと国保税の高さなどで、市になるというメリットとデメリットを天秤にかけての判断だったのだろうと思いますが、引き続き山元町側からは亘理町へのラブコールを掲げる町長が続いていましたが、この震災でそんな雰囲気は完全に吹き飛んでいます。

 仮に合併していたら、2町で市制施行した東松島状態だったんだろうなと。人口の多い旧矢本と少ない旧鳴瀬。旧鳴瀬の方が壊滅的被害を受けながらも、人口の多い旧矢本重視になっている状況をみると。

 よって、単独で存続したからこそ、ワンマンと言われながらも、強いリーダーシップにより、鉄道の内陸移設と新駅周辺への復興住宅や集団移転先の集積を進め、顔のある町を作ろうとしています。

 ただし、当然ながら、元の駅周辺の住民にとっては駅が遠くなるわけで、簡単に許せるわけもなく、反対運動も起きながらも、リタイヤ組でめったに電車も使わなさそうな方々が活動しているような印象でした。気持ちはわかりますが。。。あれだけひどい被害を受けたところに鉄道や駅を復旧させても、特に若い世代は住みたくないだろうし、町としてもじり貧になることが分かり切っているので、津波被害が少ない山側に新市街地をというのもわかる。

移設完了までは遠い。。。

 なので、この理念には、自分は賛成ですが、ただし早くて平成27年度と言われる移設完了まで、山元町民だけでなく、南側の新地・相馬・南相馬の住民が仙台への直通鉄道を奪われる状態になり、特に山元町はもともと高校生も仙台方面への通学者が多かったのに、代行バスの不便さもあり、震災後町に見切りをつけて、町内の賃貸物件不足もありせっかくだからと岩沼以北に引っ越している方が多く、町の人口は震災前1万6,7千人でしたが、震災後数か月で約3千人も一気に減ったようです。

 同じ被災自治体でもこんなに率として一気に減少したところはないのでは。女川などは死者行方不明者の率でいうと一番ながらも、実際に他市町へ借り上げ仮設等で引っ越しながらも、住民票は女川においている人が多いという話。元々の町への愛着が強いようですが、山元町の住民は住民票も移してしまい、戻る気持ちが弱い方々の割合が高いとか。

 だから、仮に数年後にやっと鉄道の移設が完了しても、この人口減少社会で、わざわざ仙台通勤者が山元町に住居を求める方は少ないでしょうし、一度出て行った方が戻ってくるかというと厳しいかも。山元町にとっては、進んでも引いても地獄という厳しい状況で、本当に気の毒だなぁと思います。

福島県側への影響

 なお、南側の相馬市はとばっちりを受ける形になっており、仙石線が寸断されている石巻市が、一応本線・石巻線経由が生きているのと違い、ここは完全に鉄道としては陸の孤島になってしまっています。一応、JR代行バスのほか、相馬・新地から仙台までの高速バスが救済措置で走っており、6月からは増便とJR定期運賃で乗れるような補助措置が講じられていますが、たまに仙台市内で見かけるバスを見ても、数人しか乗っていないようで、相馬からも通勤通学の不便さを嫌って仙台近郊へ引っ越した方が多いのか。福島市や郡山市よりは低いとはいえ、原発からの距離の近さから放射能を避けてというのもありそうですが。

仙台への流入

 そのために、仙台市の人口が震災の影響を払しょくして、アパート借り上げ仮設への移住者の多さで逆に106万人に届きそうな勢いというのも複雑な気分。

 全国の地方中枢都市の中で、例えば札幌や福岡などは、近隣の炭鉱閉鎖による大量の失業者の流入という人口ボーナスで人口が急増した過去があり、こういう受け皿としての役割を果たすことに。これらの都市では人口は多いながらもマイナス面も大きく苦しんでいる面もあり、仙台市にとって将来的にプラスになるかは分からない。現在は人口流入は義捐金消費や復興需要でプラス効果が目立っていますが、延長された仮設住宅の入居期限が切れてからどうなるか。

 ただし、首都圏にとられるよりはまし。同じ東北の仙台にとどまってくれた方が、将来的に元の市町に戻りやすいし、その点やむを得ないかなと思ったり。首都圏に電気を送る原発事故のせいでの避難者が首都圏に集まって、東京一極集中がさらに進むというのは納得がいかんし。まぁ東京都はがれき処理についても結構協力してくれているので、その点については感謝。

現在の常磐線

 亘理止まりになり、本数も昼間と夜間を中心に間引きされ、編成両数もほとんど4両に減らされて気の毒な状況。仙台からの終電も以前は23時半頃だったのが、それが間引きされ、一本前の22時40分頃になったのは何とかならないの?仙石線は高城町までになりながらも、ほとんど減便されていないのに。仙石線は本線も並行している部分もあるのにねぇ。常磐線の冷遇ぶりが目立つ。車両もせっかく入った新型車両がほとんどなくなり、仙山線の20年物の車両と交換されたり。

 そのせいで、亘理の利用者だけでなく、仙台―岩沼の利用者もとばっちりを受けており、帰りの23時台は23時20分発の次が最終の23時55分で、30分以上に空く形になったり、ほかの時間帯も待ち時間が増えて結構な混雑に。太子堂の仮設住宅以外にも、沿線のアパートには借り上げ仮設住宅などでの沿岸部から結構な流入者があり、確実に利用者は増えているのに、本数も車両数も減っているという現実。岩沼はかつて昼間でも毎時4本の本数が確保されていた時代がありましたが、昼間で毎時2本しかない時間帯もあったり。名取以北はまだ空港線が使えるからいいけど、館腰・岩沼駅利用者は本当に気の毒。

浜吉田駅までの再開

 そいえば、5月頃の河北に、亘理―浜吉田の運転再開について遅くとも24年度内にという記事がありました。この区間は移設対象外で、浜吉田駅周辺は津波で浸水しながらも住宅被害は山下駅周辺と比べると多少軽微ながらも、亘理町と山元町のおかれている状況の違いに翻弄されているところ。浜吉田周辺も、駅から海側は結構な被害なんだけど。

 浜吉田駅は原施設再開で高架化の予定もないので、ここまではさっさと再開しようと思えばできる区間ながら、亘理町にとってもJRにとっても、町の中心の亘理駅までで十分と考えている節あり。特に代行バスへの接続を考えると、浜吉田駅のロータリーは整備されていながら、バスの発着は考慮されていないサイズであること、周辺道路のことを考えると厳しい状況です。

 確かに、仙台駅で「浜吉田行」と表示されても、ちょっと面喰ってしまう。まぁ、当初は「亘理行」もびびったけど。

 仮に浜吉田まで再開するとしたら、仙石線の陸前小野―矢本間のようにお茶濁しのように一日数往復であれば意味がないが、利用者数を考えると仙石線と同じような、数時間おきでの再開も十分ありえるが。

 理想は、仙石線の高城町―松島海岸のように、電車は全て高城町までの運行ながら、代行バスは松島海岸で接続というように、電車は浜吉田まで全て運行させ、代行バスは亘理駅から浜吉田駅を経由せずに6号線経由で山元町役場(代行バスの山下駅)まで直行させれば、山元町民にとっても、代行バスの所要時間軽減でメリットあるんだけどね。また、旧山下駅周辺住民にとっても、浜吉田駅であれば自転車で行ける距離だし、両方にメリットがあるかと。

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コメント

原発事故がおきなければ常磐線は160km/h運転が可能な新線にしようといううごきがでていたのでしょうね。

復旧しても、特急が走ることもなく、どん詰まりの盲腸線というのは切ない限り。ホント原発事故さえなければ。。。

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