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2004年10月19日 (火)

福岡に学ぶ。。。


 引き続き、名実ともに仙台が東北の拠点となるにはというテーマで。


「札仙広福」という言葉があります。


3大都市圏以外の、地方都市圏の中心都市をひっくるめて言う用語で、


  北海道の”札”幌


  東北の ”仙”台


  中国の ”広”島


  九州の ”福”岡


の頭文字をつないだものであり、広島が言いだしっぺのようです。


 この4都市の中で、人口は札幌がダントツですが、都市機能や、都市圏としての拠点性の強さでは、福岡が頭一つ抜けているようです。



 九州の中心「福岡」、北海道の中心「札幌」は、両都市とも、東京から1000km離れた、地理的な独立性のある島の中心であり、


必然的に、集積が高まってきました。とはいえ、九州1400万人に対し、北海道は550万人であり、後背圏の深さでいえば、九州全域及び山口県にまで影響力がある福岡に軍配があがります。



 一方、他の本州2都市については、両都市が属する中国、東北地方の全域を後背圏にしているものの、その影響は強いものではなく、広島は大阪の影響下、仙台は東京の影響下にあるなど、既存大都市からのアクセスの良さが仇になっている面もあります。



 仙台は、この4都市の中でもっとも拠点性がある福岡から学ぶことが多いです。


(地理的に近い札幌からも学ぶことがありそうですが、北海道という一つの行政単位の中心である札幌より、九州+沖縄+山口の広域9県に影響を及ぼしている福岡の方が参考になります)



 福岡は意外かもしれませんが、昔から九州の中心として”君臨”していたわけではありません。確かに、福岡は九州の中では人口は多かったのですが、他にライバル都市がありました。



○熊本(人口65万) 


 明治時代からは、九州の地理的な中心である熊本が、行政面では拠点性をもっていました。九州を管轄する多くの行政機関が福岡に移転した現在でも、九州郵政局がまだ熊本に留まっているなど、その名残があります。



○北九州(人口100万)


 明治中期からは、官営八幡製鉄所で有名な北九州地域が、近隣にある筑豊炭鉱から産出される石炭を利用し、4大工業地帯の一翼を担う発展を見せていました。北九州地域は、飛行機が一般的でなかった当時に、本州の下関から九州へ渡る玄関口として、門司に国鉄の九州を管轄する拠点があったり、運輸関係の拠点でした。


 昭和39年に周辺の5市(小倉、門司、八幡、戸畑、若松)が対等合併し、人口106万の北九州市が誕生し、九州で最初の政令指定都市になっています。


 その後は、後背地の筑豊炭鉱の閉山など、工業面での優位性も保てず、昭和50年の山陽新幹線の博多開業、飛行機の一般化により、物流・交流面での優位性が低下しています。



 福岡が、なぜここまで発展したのかという理由として、
時期的な節目があります。

1.山陽新幹線の開業(1975)
2.よかトピア(アジア太平洋博覧会)の開催と、
跡地利用の成功(1989~)
3.キャナルシティーの開業(1995~)


1.山陽新幹線の開業


 1972年に岡山まで開業した山陽新幹線が、1975年に博多駅まで延長されました。


この数年前に、北九州市に続く政令市へ指定されていた福岡市ですが、この新幹線の終着駅という「ターミナル性」が、この後の福岡にとって発展を約束されたものになりました。



 まだ、飛行機がようやく一般化しつつある時期であり、新幹線は、当時の九州から東京、大阪へのメインの交通手段でした。


新幹線に接続する特急が、長崎、熊本、鹿児島など九州各地から運行されたことが、九州の玄関口としての立場を北九州市から奪うことになりました。


 また、飛行機が一般化しつつある時期で、福岡都心から至近距離にある福岡空港が、


九州の拠点空港として、爆発的に乗客を増やしていきます。


 つまり、新幹線でも、飛行機でも、福岡は九州の玄関口となったわけです。


このことで、九州内の人の流れがガラリと変わり、福岡の拠点性を高めました。



2.よかとぴあの開催と、跡地利用


 博覧会の正式名称は、「アジア太平洋博覧会」です。


九州は、日本の端っこですが、視野を広げて東アジアを向いてみれば、東アジアの中心的な位置を占めることができます。



福岡-東京より、福岡-ソウル、福岡ー上海の方が近いんですね。


そのことを都市としてアピールし、一般市民に気づかせることができました。



これまでは、東京からの遠さを引け目に感じていた福岡の経済界が、アジアに目を向け、独自のまちづくりを進めていくきっかけとなった節があります。


 また、その博覧会跡地の埋立地「百道」は、都心である天神から直線で2km程度の好立地であり、そこをウォーターフロントとして、再整備しました。


情報発信機能として、放送局や病院などの公共施設を誘致、都市高速を整備、また、今ごたごたしていますが、93年に福岡ドームを誘致。


それ以前に、89年にダイエーが南海ホークスを買収し、福岡平和台球場を本拠地として、福岡ダイエーホークスとして再出発しています。


ライオンズが1978年に去って以来、約10年ぶりに地元球団を取り戻しました。



 ダイエーホークスがとった路線も、見逃せません。


当時はダイエーの業績が良く、日本一の小売業として勢いがあった時代だからこそできたことでしょうが、760億円もかけた開閉式ドーム及び都市型リゾートホテル「シーホーク」の開業。地方は有名人に弱いところがあるので、球団のシンボルとして王監督の招聘(これは、ベガルタの前清水監督と同じような効果があったと思います)。


弱いながらも、九州出身の選手は獲得するという姿勢。それが、現在のパリーグの強豪としての地位を獲得するに至った理由だと思います。


 強くなったのはダイエー本体の経営が傾きはじめてからというのが皮肉ですが。。。



 それに、市民の支持を得ており、福岡ドームはいつも多くのお客さんで溢れており、九州の他都市からの野球観戦ツアーが盛況であるなど、福岡へ人を呼び込む装置としての役割も果たしています。


(4万8千人超満員、年間300万人動員という大本営発表を続けることで、プライドの高い福岡人を満足させてきた点は否めませんが、


他のパ球団と比べたら段違いの集客力ですから、嘘も方便でしょうかね。福岡ドームの実際の収容は最大3万6千人ですから。。。)



3.キャナルシティの開業(1995~)


 1995年に、博多駅と天神駅の中間のカネボウの工場跡地に、福岡の大手デベである福岡地所が「キャナルシティ博多」をオープンさせました。


 福岡市の都心は、JRのターミナル「博多」と、西鉄のターミナルで商業拠点の「天神」に分かれており、その間は地下鉄で3駅、直線で2kmの距離がありました。


ちょうど、その中間点にキャナルシティはオープンし、両都心間の回遊性をUPさせる意図がありました。



今でこそ、東京のお台場や、横浜MM21などを初め、全国各地に複合商業施設がありますが、1995年当時では、東京の恵比寿ガーデンプレイス位しかなかった時代です。


その当時に、東京から遠く離れた福岡に、規模も大きくこれまでにない複合商業施設がオープンするということで、全国的に話題になった覚えがあります。



 施設内容も、ダイエー等の専門店街を中心に、高級ホテルグランドハイアット福岡、劇団四季の常設劇場である「福岡シティ劇場」など、一日いても飽きないようなエンターテイメント性の高い施設でした。



 このオープンのインパクトは大きいものでした。


同じような施設が東京にもない時代、九州の福岡にできるという話題性。それに、ジョン=ジャーディーというアメリカの有名なプランナーがプロデュースした斬新なデザイン、設計という点です。


9年たった現在でも、テナントの入れ替わりはありますが、フードテーマパーク「ラーメンスタジアム」の導入などで、高い集客力を保っているようです。



 このあたりから、



福岡は元気だ!

と、全国的なメディアで、福岡の特集が組まれることが多くなりました。


その後も、天神への三越の進出、大丸新館、再開発ビル博多リバレインのオープンによる商業戦争。天神周辺の裏原宿的な街、大名・今泉、屋台や中洲の魅力、空港に地下鉄が接続し、都心まで10分程度でアクセスできることなど、東京とは一味違った魅力をアピールしてきました。


全国的に注目を浴びることで、福岡への投資を積極的に呼び込んできた面もありました。



 確かに、開発一辺倒の行政であり、この点についてはかなり批判されるべき点も多いです。


再開発ビル博多リバレインは、オープン数年で運営会社が倒産状態になり、現在博多湾で進められている人工島プロジェクトは汚職の舞台になったほか、土地処分の見通しがたっておりません。新設する地下鉄七隈線は需要予測を下方修正しながらも、来年2月開業までこぎつけています。都市高速も現在環状線を整備しているなど、やりすぎじゃない?と思ってしまいますが、


止まったら倒れる自転車操業的に、しゃかりきに都市基盤整備を行ってきています。




 福岡は、常に官民あげて全国へ話題を提供することによって、情報発信を続けている街であると思います。やりすぎに感じる点もありますが、それに見合う来訪者や注目の増加があるのか、なんとか好循環を保ってきている面があります。


賛否両論あるかと思いますが、都市を成長させるやり方としては感嘆モノです。(一歩間違えていたら、大阪のように放漫財政で自治体倒産状態になっていたかもしれませんが)



 もう忘れてしまいそうですが、福岡にホークスが移転した80年代後半は、全国的には福岡よりも仙台の方が注目されていた時代でした。



1.東北自動車道の開業(1977)


2.東北新幹線の開業(1982)


3.地下鉄の開業(1987)


4.政令指定都市になる(1989)


5.第二首都構想や、首都移転候補地になる



など、右肩上がりの成長を遂げていた時代でした。


首都圏の地価高騰から、環境も良く地価も安い仙台に家を買い、東京へ新幹線で逆単身赴任をするような家庭が激増したり、地下鉄沿線の開発も盛んに進展し、街が成長していく実感があった時代でした。



 ところが、バブルの崩壊、93年のゼネコン汚職で宮城県知事、仙台市長のダブル逮捕などがあり、一気に、成長の機運がしぼんでしまいました。


不況が深刻になるにつれ、地元銀行や企業の倒産などで、街に元気がなくなり、対首都圏の人口動態も、首都圏からの流入から、一方的な流出になってしまいました。


112万人まで増えると見込まれていた仙台の人口も、102万人で頭打ちになりつつあります。以前は年間1万人以上増えていた時期もありましたが、最近は年3~5千人程度の増加に留まっています。


一方、福岡は年間1~2万人の増加を続け、人口140万人に届きつつあります。



 なぜ、ここまで差がついてしまったのでしょうか?



 とはいえ、今回のプロ野球新球団の仙台進出は、絶好のチャンスになります。


いろいろと経済効果の皮算用が始まっているようですが、一番の効果は、全国から”仙台”という都市が注目され、マスコミに露出する機会が増えることです。


 その他にも、仙台では様々なプロジェクトが水面下で進行中であり、新球団効果を皮切りとした、都市機能・イメージのアップを図っていかなければいけません。


まもなく人口減社会に突入するという時代であり、


これは仙台が成長する最後のチャンスなのは間違いありません。


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コメント

初めまして。福岡市民です。
この記事をお書きになってから14年という歳月が流れましたね。
どうでょう?「自転車操業都市」福岡は倒れましたでしょうか?
また未来にご希望が叶っていると良いですね。

投稿: のぼせもん | 2018年6月23日 (土) 00時17分

同じく福岡出身の人間ですが、14年たってもこの記事とほとんど変わらない勢いのがすごいですね
相変わらず福岡はスタートアップ誘致などの、官民あげての話題作りに取り組んでいます
そしてそれが効を奏しているようです、アベノミクス後も常に日本一元気な都市圏と言われ、ついに人口は160万人間近に迫っています
地価や商業売上などの指標では札仙広より名古屋に近いほどまで成長しています

仙台はおしとやかな民度や涼しい気候の面でまた違った魅力的のある町です、地方旧帝では頭ひとつ抜けた実力のある東北大のお膝元でもありますから、ボストンのように学術的な方向で発展していただきたいと思っていますが

投稿: | 2018年7月 1日 (日) 06時39分

>>のぼせもん さん
 14年前の記事にわざわざコメントありがとうございます。福岡について称賛する記事を書いたつもりでしたが,気に入らないところがあったのでしょうか。

≫匿名さん
 人工島,七隈線延伸,開発規制緩和など,行政のしゃかりきな姿勢は基本的に変わっていないですが,西鉄や福岡地所などを始め民間資本の前向きな姿勢が特筆すべきで,うまく官民の相乗効果を発揮することができ,勢いを持続しているところは,待ちの姿勢が強い仙台の民間資本からすると羨ましいところです。
 福岡は見習うところが多いですが,唯一仙台に利点があるのは,旧帝大としての東北大の強さと,立地条件でしょうかね(おっしゃる通り)。
 この度,仙台駅から地下鉄10分圏のキャンパス内に,最新の放射光施設の整備が決まりましたので,企業誘致や共同研究などにメリットが見えてくるのかと期待しています。


 

投稿: S-Watcher! | 2018年7月26日 (木) 15時26分

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